5兆円規模の未来都市「ヌサンタラ」が、ピカピカの廃墟と呼ばれ始めた理由
インドネシアが国家を挙げて進めてきた巨大プロジェクトがあります。それが、現在の首都ジャカルタから、ボルネオ島東部に建設する新首都「ヌサンタラ」への首都移転計画です。
新首都構想の総事業費は約300億米ドル、日本円にして約5兆円規模とも言われています。広大な森林地帯に、大統領官邸、省庁、議会、住宅、商業施設、交通インフラなどを一から建設し、環境に配慮したスマートシティを作るという壮大な国家プロジェクトでした。
しかし、2026年現在、現地には巨大な大統領宮殿、真新しい道路、政府庁舎、高層住宅などが整備されている一方で、人や車は驚くほど少なく、当初予定されていた政府機能の本格移転も進んでいません。
プレジデントオンラインの記事では、すでに完成した建物や道路が並ぶ一方、中核エリアの居住者は約1万人程度にとどまり、政府機能の移転も十分に実現していないとして、ヌサンタラを「ピカピカの廃墟」と表現しています。計画自体が正式に中止されたわけではありませんが、少なくとも当初描かれていたスピードと規模で新首都が動き出していないことは事実です。
では、インドネシアの新首都構想は本当に崩壊したのでしょうか。
私の結論から申し上げると、現時点で「完全に崩壊した」と断定するのは少し早いと思います。しかし、当初の計画どおりに進んでいるとは到底言えず、国家的な理想と現実との間にかなり大きな乖離が生じていることは間違いありません。
ヌサンタラは、今後数年間で軌道修正できなければ、本当に巨大な未完成都市として残る可能性があります。
なぜインドネシアは首都移転を決断したのか
そもそも、なぜインドネシアは5兆円もの資金を投じて、首都を一から作ろうとしたのでしょうか。
最大の理由は、現在の首都ジャカルタが限界に近づいているからです。
ジャカルタ都市圏は人口3,000万人を超える巨大都市圏であり、行政、企業、金融、教育、人口が過度に集中しています。慢性的な交通渋滞、大気汚染、洪水、地下水の過剰利用による地盤沈下など、複数の都市問題を抱えています。
特に地盤沈下は深刻で、ジャカルタの一部地域では海面より低い場所もあり、将来的な水没リスクが指摘されています。人口と機能が一極集中した結果、都市インフラの許容量を大きく超えてしまったのです。
そこでインドネシア政府は、政治・行政機能をジャワ島からボルネオ島へ移転し、ジャカルタへの集中を緩和するとともに、国土全体の均衡ある発展を目指しました。
インドネシアは東西に非常に長く、1万7,000以上の島々から構成される世界最大級の群島国家です。しかし、人口と経済活動の多くはジャワ島に集中しています。
新首都ヌサンタラの建設には、単なる渋滞対策や水没対策だけでなく、「ジャワ島中心国家からインドネシア全体の国家へ転換する」という政治的な意味もありました。
構想そのものには一定の合理性があります。ジャカルタの問題を考えれば、行政機能の分散は必要です。ボルネオ島に新しい成長拠点を作るという考え方も理解できます。
問題は、構想が壮大すぎたことと、都市を作る順番が逆になってしまったことです。
建物を作っても、人は移動しない
ヌサンタラの最大の問題は、建物や道路の整備が先行し、そこで働き、暮らし、消費する人々の移転が追いついていないことです。
都市は建築物の集合ではありません。人が住み、働き、食事をし、子どもを学校へ通わせ、病院を利用し、買い物をし、企業が事業を行うことで初めて都市になります。
大統領官邸が完成しても、政府職員が移らなければ周辺の住宅需要は生まれません。住宅を作っても、学校や病院、商業施設、公共交通、雇用が不足していれば家族は移住しません。企業に進出を求めても、顧客と人材がいなければ事業は成立しません。
都市をゼロから作る場合、住宅、雇用、教育、医療、商業、交通を同時に立ち上げる必要があります。この一つでも欠ければ、人は定着しません。
現在のヌサンタラは、国家の象徴となる建築物は存在する一方で、日常生活を支える都市機能と人口の厚みが不足しています。だからこそ、外観は未来都市でも、実際には人影が少ないという異様な状態になっています。
これは中国の一部で問題となった「鬼城」とも共通します。不動産やインフラを先に建設しても、実需と雇用がついてこなければ、都市としては機能しません。
不動産開発の根本は、需要がある場所に供給することです。しかし巨大国家プロジェクトでは、供給を作れば需要が後から生まれるという発想に陥ることがあります。
ヌサンタラも、まさにその罠にはまっているように見えます。
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